自動車の社会的費用 (岩波新書 青版 890)
自動車の社会的費用 (岩波新書 青版 890)
クチコミを見る

ずいぶん昔に読んだ本だったが、中国で自動車が急激に普及する様子を見ていて、是非中国人に読んで欲しいものだと思っていた一冊です。

今回日本の本屋に行ったら、岩波新書創刊70周年記念の「私のすすめる岩波新書」で内橋克人さんが選んだ一冊になり増刷されたらしく、思いがけず沢山並んでいたので買ってきました。

この本は初版が1974年なので、35年前の日本の様子を元に書かれているのですが、私が中国人に読んで欲しいと思っていたとおり、日本を中国に置き換えるとまさにぴったりというような所が沢山あります。

まだ読みかけだし、その内容も自動車は一つの例に過ぎず、この本の主題である経済活動により発生する社会的諸費用の負担の問題は、現代の日本でもというか、今の日本でこそ考えられるべき内容だと思います。

ですか、ここではとりあえずそのことはさておいて、この本での特に冒頭部分での表現がいかに中国の現状にフィットしているかを、ちょっとだけ紹介しておきたいと思います。

まえがきの2行目から少し引用してみます。

・・・。はじめて東京の街を歩いたときに、わたくしたちのすぐ近くを疾走する乗用車、トラックの風圧を受けながら、足がすくんでしまったことがある。

中略

しかし、このように歩行者がたえず自動車に押しのけられながら、注意しながら歩かなければならない。というのはまさに異常な現象であって、この点にかんして、日本ほど歩行者の権利が侵害されている国は、文明国といわれる国々にまず見当たらないといってよいのである。

このまえがきの中では、ポール・サミュエルソンが日本を訪れたときに自動車のことに言及した次のような発言が紹介されている。

「まともなアメリカ人だったら、東京の街で一ヶ月間生活していたら完全に頭がおかしくなる」

サミュエルソンが今の中国に来たらどう言うだろうか?一ヶ月といわず一週間でおかしくなるって言うんじゃないかと思います。

さらに、序章の冒頭部分で「戦後日本」を「現代中国」と置き換えて引用してみます。

自動車の普及ほど「現代中国」の高度経済成長の特徴を端的にあらわしているものはないであろう。

住宅環境は依然として貧しく、教育などの文化的施設は内容の乏しいままに放置され、医療など社会的施設にも十分な資源が投下されていない。また自然は荒廃し、年からは緑が年々失われるにまかせてきた。それに反して、つぎからつぎに建設される大規模な高速道路には膨大な資源が投下され、鉄骨をふんだんに使った頑丈そのものという構造をもつ道路桁をいたるところにみかける。人々の住む家は崩壊し、消失しても、高速道路だけはいつまでも存在しつづけるであろう。

最後の高速道路については、阪神淡路地震でそんなに頑丈なものではなかったということが分かったし、中国の高速道路はもっと怪しいと思います。

まあ、それを除けば今の中国の状況にあてはまると思いますがいかがでしょう?

住宅は高級マンションが沢山出来ても全て投機目的で実際に住んでいる人は少なく、普通の人が住んでいるアパートは、一人当たりの面積や設備の品質を考えるとかなり貧しいものですし、学校は四川地震で顕在化したように手抜き工事で、緑化もやたら見栄えは良くしているものの、庶民の生活環境からは緑がどんどん失われています。

これらの問題は、日本でもいまだに解決できているわけではありませんが、中国において今の規模とスピードで自動車社会が拡がっていくことを考えると恐ろしくなります。