2007年10月30日
『又蔵の火』(その2)
「又蔵の火」の仇討ちの話は、じつはもっと前に別の作家によって短編小説として世に出ていました。
だから、仇討ちとしては全国的にも結構有名な話だったのだと思います。
その作家というのは、「直木三十五」つまり藤沢が受賞した「直木賞」の「直木三十五」です。
直木三十五のデビュー作は短編集「仇討十種」ですが、その中に堀部安兵衛の「高田馬場」とか、荒木又衛門の「鍵屋の辻」、赤穂浪士の「討入」などと一緒に、「総穏寺の相討」という題名で収められています。
この直木三十五というひとは仇討ちのほかにも、心中物を集めた「心中きらら阪」とか、当時の作家や有名人の恋愛ゴシップ(?)を集めた「変態恋愛実話」なんていうのも出していたりして、ちょっと面白いです。
内容は小説というよりも講談のような感じで、筋書きは同じですが「又蔵の火」とはかなり印象が違います。
どちらかというと、これの方が祖母の話に近いような気がします。
祖母がこれを読んだ事があるかどうかは判りませんが、可能性はあるのではないかと思っています。
それよりは、新国劇で上演された長谷川伸 作の「総穏寺の仇撃」の方が有名だったと思いますが・・・。
祖母は、若い頃に教師だったこともあり本や雑誌は結構読んでいたようですし、いろんな情報にもふれていたようです。
それと、本家の人で祖母を妹のように可愛がっていた人がいて、この人が東京で漢詩/漢学をやっていて、いろいろお土産をもらったりしていたと言ってました。
そういえば、祖母を可愛がっていたという人の漢詩で、たしか蘇州が出てくるのがあったような気がして検索してみたら、やっぱりありました。
蘇州雑詩
呉江楓落水蕭蕭。 呉江 楓落ちて 水 蕭蕭
日暮来過長短橋。 日暮 来り過ぐ 長短の橋
倚尽寒山寺楼上。 倚り尽す 寒山寺楼の上
疎鐘夜火憶前朝。 疎鐘 夜火 前朝を憶う
やっぱり、蘇州というと寒山寺が出てきますね。
この人が蘇州にいった事があるかどうかは判りませんが、大東文化大の関係などで中国とは縁があったようです。
ちなみに、この方は私が生まれた年になくなっています。
とういうことで、「又蔵の火」とは全然関係ない話になってしまいました。
だから、仇討ちとしては全国的にも結構有名な話だったのだと思います。
その作家というのは、「直木三十五」つまり藤沢が受賞した「直木賞」の「直木三十五」です。
直木三十五のデビュー作は短編集「仇討十種」ですが、その中に堀部安兵衛の「高田馬場」とか、荒木又衛門の「鍵屋の辻」、赤穂浪士の「討入」などと一緒に、「総穏寺の相討」という題名で収められています。
この直木三十五というひとは仇討ちのほかにも、心中物を集めた「心中きらら阪」とか、当時の作家や有名人の恋愛ゴシップ(?)を集めた「変態恋愛実話」なんていうのも出していたりして、ちょっと面白いです。
内容は小説というよりも講談のような感じで、筋書きは同じですが「又蔵の火」とはかなり印象が違います。
どちらかというと、これの方が祖母の話に近いような気がします。
祖母がこれを読んだ事があるかどうかは判りませんが、可能性はあるのではないかと思っています。
それよりは、新国劇で上演された長谷川伸 作の「総穏寺の仇撃」の方が有名だったと思いますが・・・。
祖母は、若い頃に教師だったこともあり本や雑誌は結構読んでいたようですし、いろんな情報にもふれていたようです。
それと、本家の人で祖母を妹のように可愛がっていた人がいて、この人が東京で漢詩/漢学をやっていて、いろいろお土産をもらったりしていたと言ってました。
そういえば、祖母を可愛がっていたという人の漢詩で、たしか蘇州が出てくるのがあったような気がして検索してみたら、やっぱりありました。
蘇州雑詩
呉江楓落水蕭蕭。 呉江 楓落ちて 水 蕭蕭
日暮来過長短橋。 日暮 来り過ぐ 長短の橋
倚尽寒山寺楼上。 倚り尽す 寒山寺楼の上
疎鐘夜火憶前朝。 疎鐘 夜火 前朝を憶う
やっぱり、蘇州というと寒山寺が出てきますね。
この人が蘇州にいった事があるかどうかは判りませんが、大東文化大の関係などで中国とは縁があったようです。
ちなみに、この方は私が生まれた年になくなっています。
とういうことで、「又蔵の火」とは全然関係ない話になってしまいました。









